2010年11月26日金曜日

ドヴォルザーク交響曲第7番

弾くに弾けないのは辛い。
あまり書く事も無いのですが、

ドヴォルザークの交響曲第七番
のパート譜が出てきたので
ちょっと弾いてみたら悶絶モードに。

こんな激ムズな譜面だったっけなぁ。3回エキストラで
3回目でようやく問題点を理解したのだけど・・・

『詰め込みすぎ』

この一言に要約できますね。ブルックナーが

『薄めて繰り返しすぎ』

の、経文的恍惚感なら、こっちは激辛激甘端折り過ぎ(笑)

普通の作曲家で第7作目なら、もう手馴れて余りムチャはしない
と思うんですが、このメロディーメーカーさんは、自身が持てる
短調の物悲しいモノ全部詰め合わせアソートボックス化した
交響曲を世に出してしまいました。 もう少しゆったりところが
長いと楽なんですが、弦楽器には休む暇なく、低弦も容赦なく
切分音と刻みを交互に与え、チェロにはその合間に面倒な合いの手を
入れさせるという、豪華絢爛お涙チョチョ切れの盛りだくさん。

あまりに複雑な要素が短い時間に凝縮しているためか、音楽的な
流れが全く覚えられません。多彩なフレーズは頭の中でゴッチャに
なって旋回するという感じですね。 コレに似た感じなのはチャイ
コフスキーの交響曲第四番ですがアレよりは救いがあるのに弦楽器を
もって弾く側の負担は半端がない。管楽器も折り重なる部分とか、
メロディーラインがしょっちゅう割り当てられて目立たないところが
無いので気が休まりませんでしょう。

練習15分で投げ出しました。 腕が更に重くなったのです。

あるところで先生が語ってたのを思い出しましたが、
交響曲第八番の第三楽章が女の子の踊りなら、交響曲第七番は若い男性の
活発なダンスだという・・・。 この若者はあまりに乱暴で活舌がワルイと
殴られそうです。

2010年10月23日土曜日

今日の練習

肩壊れて、腰も痛いけどとりあえず練習はする。

やっぱりバッハの無伴奏はキツイな。
考えると普通じゃない動きがおおいもの。

その点、ヴィヴァルディの伴奏付きソナタは楽つか
まあ技巧的な場所も多いんだけど、弾くこと考えて書かれてる。

ま、学生向きに書いたものでもあったと思う。素直な並び・・・
いや当たる音も予想が付く。 
一方、バッハは無伴奏だけに仮想的なバッソコンチヌオまで弾かせ
るから自然と繋がり悪いの。 まんま鍵盤楽曲に編曲できるはず。

指が回るようになると、緩徐楽章(教会ソナタだから1,3楽章ユルい)が
初見で止まらないでいけるようになる。 

この調子で、フォーレのエレジーにに突入すると、何か前より
マシに成った・・・。

毎日弾けばモット良くなるだろうが時間が余り無い。

2010年10月18日月曜日

ヴィトゲンシュタインとマーラー

支配欲に満ちた指揮者をみていると
マーラーを連想する。

ウィトゲンシュタインが、マーラーを細かく観察していたという。
ヴィトゲンシュタインは、マーラーの音楽を評価しない。
ヴィトゲンシュタインは、マーラーの指揮についてこのように語ったという。

「・・・彼が居なくなると、オーケストラは崩壊した」

19世紀末から20世紀の初頭の短い期間、マーラーは非常に卓越した
音響感覚の能力をもって、各地の楽団の音楽監督を勤めている。彼はオリジナ
ル曲を作る傍ら、自らの感覚で曲の解釈を変更している。19世紀活躍した
作曲家はほとんど自作自演であり、職業的音楽家としての楽団指揮者に委ねる
場合、その解釈によって初演がめちゃくちゃにされることが多かったが、
無論、現代では考えられないことでもマーラーはその伝統に従ったことになる。
 ヴァインガルトナーも、ベートーヴェン解釈を加えているし、別にこれらは
19世紀末の所謂われわれがクラシックとよぶ音楽にオーソドックスなるモノが
存在してはいなかったことを象徴する。
 だがマーラーについてははその卓越した能力を強引な主張で打ち消すことに
なったということなのか。 東欧ユダヤ人の家系をもつ彼がウィーンでの活動に
終止符を打たざる得なかったもう一つの理由として、当時のウィーン人が強烈な
反ユダヤ主義を標榜する世論を忘れてはならない。彼は作曲家のキャリアをウィ
ーンではじめたのだったがほとんど省みられることはなかったのだ。
 オーストリア屈指の名家の出であるヴィトゲンシュタインは、幼少の頃にその
風潮を見て育っている。 彼は徹底した世紀末芸術の批判者であったのだ。

2010年10月17日日曜日

四十肩とか五十肩とか

かなり酷いので右腕が上がりにくくなっている。
握力も下がったので朝から練習をしっかりやることにした。

無音

休むべきではなく、音価を感じるべきなのが休符。

無題

伸ばすべきところをしっかり保てないのはココロが弱いからだ。

2010年10月14日木曜日

月曜日の練習を録音して聴いた。

私ども、東大和のハミング・小ホールを借りたのです。

普段は、比較的に響きも良い練習場ですが・・・・
さすがにホールだ、響き方が全然ちがいます。
天井の高い、広いホール。 
オーケストラの技量は常にホールに近い環境で
磨くべきだと思う。 反響板無しで吸い込まない
良い響きってのは、床に起因すると思う・・・

でもね。

"南国のバラ"
ばっらばらでしたね。

なんごくのばら
難曲のばっらばら。


修行が足りないつか、「何時も本番の緊張を持て!」

5年ほど前まで、私は、他所のエキストラやら掛け持ちを
良くしていたものです。

だから初回指揮者+初見とかで緊張したり、本番を駆けずり
回ってから、この 愛するべき、 "小金井市民オーケストラ"
つまりホームオーケストラの練習に来ると、ほんわかした=
なかば弛緩した練習ってのを感じてたんです。

そりゃ、ニヤリニヤリと楽しい音楽も良いですよ。 特に
お客さんを楽しませることを考えたら、絶対「しかめっ面」で
すごいだろう!ってウィンナワルツなんかやりません!

でもねぇ。 モッともっと上にいけるでしょう?

今は、さすがにホーム以外何処にも行かないから、比較が
出来なくてこまるけど、皆、緊張ってのがなさ過ぎるよ!

そりゃあ、うちは年だけは重ねた老練なオーケストラになってます。
すでに設立10年目以前から、ある種の巧みさ(大学オケをしっかりと
こなした経験者の集団)という傾向がありました。
 とくにワルツの手馴れたところのまとめとか、アマチュアなら天下
一品級と褒めたいところも多々ある。 でも、その緊張のなさが、つまり
「一発目の音だしで勝負決めろ」というところが全くない。

だらだら練習しても意味ないんです。 お分かりか。