2010年10月8日金曜日

『新世界より』 ドヴォルザークの郷土愛?

ドヴォルザークがアメリカでチェコを想って書いた曲だという。
懐かしい思い出の詰まった音楽だ。
誰にでもそうなるように、仕掛けられている。
いまや、あの有名な第二楽章のテーマは、薄昏に防災無線スピーカーから流されるため刷り込みされている子供も多いと想う。

オーケストラで練習中に涙が出てくることが時々あるが、この曲にはそういう場所が多々ある。

うちのオケで、
ドヴォルザークの交響曲第9番に取組んだのは3回目らしい。
最初の取り組みは第5回定期、今や第28回ファミリーコンサート。
12月12日・東大和ハミングホールでの本番に向けて毎週練習している。

あれから23年の月日が流れたけれど、あの時と変わらない譜面なんだよな。

 個人的にも演奏会曲目として参加するのは3回目。 1回目はなにもわからない無骨なチェロを弾く高校生だった私。結局大学に行くのに挫折してあとはずるずるだらしなく適当な人生、身を持ち崩して終わりかと思いきや、捨てる神あれば拾う神あり・・・下も見たけど、家庭も持ち、子供もしっかりそだち、飯もまあまあ食える。まあ幸せとはこんなものだと思えばこその人生か。

こうして生きてまた若い頃(苦い頃の)音楽に再びめぐり合うことを喜ばなくてはね。

2度目は、エキストラ・・・多少は緊張したけれど、もう既に曲を知り尽くしていた気がした時分の間違いにいっぱい気が付く。高校時代の甘い読みで何がわかったというのだ! ここで又一つ進歩した。約17年を置いての再会は、私の技術に多少の進歩を与えたのだ・・・というほのかな確信を得る。

そしてまた、6年ぶりに出会う。 今度はチェロパートのトップである。 もちろん第二楽章デュオは美々しく、そして最後はチェロコンチェルトのように、高校時分には眼もくらんだろう高い高い変ニの音をらくらくと取れる・・・。 なんて楽しい音楽の時間だろうか。

諸君、アマチュア弦楽器奏者は諦めないこと。 何時までも、しつこく弾いているとそのうち成長できます。ただし、武者修行は過酷なので覚悟するように。 先生についてレッスンするのはとてもいいこと。

余裕を保つための個人練習をやろう。

私とドヴォルザークについて

今、序曲『自然の王国で』を聞いている。

これは三部作(自然、祝祭、愛)を通して描いたドヴォルザークの音楽的人間論。
その「自然」という人間が抗いがたい世界。それは田園風景ともちがう。

この曲は珍しくメロディはあまり多く詰め込まれてないけれど、どうにも印象深いものばかり。ドヴォルザークは色鮮やかな世界を作り上げられる19世紀最大のメロディーメーカー。ブラームスをはじめとして多くの作曲家が嫉妬したのだった。

きわめて平明な音楽だ。譜面もきわめて簡明だが、けっしてチェリストにとって容易であると言い切れない(笑)

今から何年か前に小金井市民オーケストラで演奏会曲目に取り上げられてまさに親しくなるまで弾いたのだけれど、やはりまだまだ落ち着いてその色合いを感じ取れるまでに至らなかったことが悔やまれる。

そう。「もう、聞き飽きた」と云う曲はしばらく寝かせてから聞きなおすことは大切だ。

これに続く『謝肉祭』もミューザ川崎が出来たときにアマチュアオーケストラの集団に混ぜてもらって弾いた。 これもアマチュア・チェロ奏者にはそれほど易しくない世界だけれど、この曲を経験した辺りからト音記号の土地勘が付いてドヴォルザークが弾きやすく感じられるようになる。


交響詩『野鳩』も、蒲田で演奏会をするアマチュアオーケストラの末席で弾いたけど難しいんだよな・・・チェロパートは。 自然の王国のほんわか感世界とは正反対。暗くて暗くて・・・息苦しい。 第七交響曲の切迫感にも似るけれど、生命感に溢れる感覚ではなく
ここには薄ら暗い殺人の暗示がある。

いま聞いてみたいとは今思えないけれど、そのうち聞けるだろう。

ドヴォルザークは自分がその音楽を余裕を持って受け取る側に行けば行くほど嬉しくなってしまう要素に溢れている。 まだまだいろいろある。

2010年10月5日火曜日

音楽は他人のためにあるのかな

脳内音楽なら、別に他人に聞こえなくてもいい。
モーツァルト、ベートーヴェンは、きっと脳内で正しく鳴っていたはず。

要するにオリジナリティあるものを
取り出せるかどうかなのだけど。

一方で、ブラームスの音楽は違うらしい。 ヴィトゲンシュタインの洞察。
ペンの上で作られる音楽。 彼は音が視覚になって現れるのだろうか。
ただし、ピアノ曲に限っては自己の世界に没入している。
最近、ネヴィル・マリナーが、彼の師匠であるモントゥーがブラームスとピアノ
五重奏曲をあわせたときのエピソードを語っていたのを、NHKの番組で見たのだが
彼自身は自ら弾くピアノの音だけに集中していたそうだ。つまり自身のチェックが
もっとも厳しい人間なのだった。 晩年の枯れ木のような交響曲第四番の渋さは
当時若い木で芽吹いたばかりマーラーには理解できなかった。

晩年のドヴォルザークは? このヒトは脳内だけでなく全身からだろうな。
チェコを愛した彼の血が書かせるのだから、理屈を越えている。

大バッハの若い時の作品は、ドヴォルザークに近い感じがする。
家族愛に溢れた作品、親しい仲間内の音楽、耳から聞いたものを素直に。
敬虔主義に傾いた頃から神との対話になり、高度な脳内の音楽と化す。

孤高を気取ることは楽しい

気取るだけなら誰でも出来る。

一度は世捨て人をやらなければ、世界を見直すことは出来ない。

社会に貢献したいなと思ったら帰れば良い。
何事も「魂を曲げない」ことが大事。

ちょっとこの思想のどこかにフランク・ハーバート入ってるな。
用心しなくては。

2010年10月1日金曜日

朝の音楽








ニコライ:歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団
マーラー:交響曲 第5番 嬰ハ短調 第5楽章Chicago SO/ Sir Georg Solti
ヤナーチェック:Sinfonietta: 1.ファンファーレRögner/ Rundfunk-Sinfonie-Orchester Berlin
セバスチャンバッハ:Brandenburg Concerto #3 In G, BWV 1048 - 1. AllegroTon Koopman; Amsterdam Baroque Orchestra
モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番ニ長調K.537「戴冠式」 - 第3楽章アーノンクール グルダ
ブラームス:交響曲第2番第4楽章  Allegro con spiritoRiccard Chailly / Royal Concertgebouw Orchestra

2010年8月23日月曜日

四十肩で

ボウが重い、つかボウイング痛い。
でも、それくらいの方が力が抜けて良い感じ。

音量は、力を抜くことで更に増すことを知る。

2010年8月9日月曜日

夏休みだつうのに

チェロを持って合奏に行った。 初見譜だったけどバッハからベートーヴェンくらいなら屁じゃない動じない。 さくさく指動く。 時々譜読み失敗、譜割間違いしてイラツク・・・さらい直せばなんとか!

その頭脳的格闘の効果が出る。 さっきテレビでみて、ちょっと解けなかった小難しい問題が解けるように成るじゃない・・・


やはり楽器を弾くと、ぼわっとした頭が少し働くようになるらしい。 初見は効果絶大・・・疲れるけど。 初見能力が格段に進歩した自分、昔より頭は良くなってると思う時がある。 でも多分気のせい(笑)