2011年1月1日土曜日

大晦日はマゼールでござる。

マゼールさんのベートーヴェン連続演奏会。
在りし日の岩城さんの記憶もすごかったが今回もまた。
USTREAMで、すばらしいモノを共有させて頂いた。
さすがに負荷が高くて音が途切れたりしたけれど、
どんどん増えていくオーディエンスによく耐えて
まあ最後までみることができた。

自宅でこんなものが手軽に見える時代なんですね。
21世紀だなぁ。20世紀後半に生まれてミライに
やってきた感がしたのです。

2010年12月8日水曜日

ミリ秒単位の音楽

昨日ふと思っていたことを書く。

音楽はいわゆる空気振動だから、物理学の法則に従って
媒体中の「音速」に左右される。 つまりだいたい
秒速300mくらいという時間的制約をうける。

30メートルくらい離れると、0.1秒遅れである。
15メートル離れて音を聞いてから同時に出すとなれば
最初に発音したヒトの時間系からは当然0.1秒
遅れることになる。  指揮者の棒と音楽のズレを
認識しないとトランペット奏者は勤まらないだろう。

音楽的にずれが発生する距離を考える。

一秒間に ”だるまさんがころんだ”を早口で言うことが
可能ならば、技量的な問題は抜きにしても器楽音楽的にも
その表現が可能であろう。つまり ♪=120なら32分音符の
刻み位のズレが30メートル離れると聞き取られる。
16分音符ならその倍60メートルくらいである。

 つまり演奏会場が大きければ残響もそうだが直接の音も
ずれ始める。 実に興味深い現象。 大編成の対向配置オーケス
トラは1st/2ndバイオリンが同じ音でトレモロ刻むだけで
エコーがかかる。

 バンダを会場の遠くに設置すると、大抵遅れてしまう。
彼らにはヘッドホンを与えないと駄目なのだ。

 世界同時中継で演奏会をやるなんて話は結構あるが、
この技術的問題をクリアしてるのだろうか。

 個人的には仮想的演奏会場を、ネットワークの技術で
実現できる時代が近いと感じるけれど、ミリ秒単位で
同期できるかが鍵である。人間の耳はおそらく1ミリ秒の
ズレを感知できるはず(僕は左耳が悪いから無理)で、
それで位相差をキャッチしているのだから、ミリ秒ズレると
エコーと位相差で、敏感な人は気持ち悪くなるだろう。

5m秒くらいですでに1.5mくらいの距離がある。誤差ではなく
音楽的な時間設計があれば、5m秒のズレは自然な演奏家同士の
距離として認識可能はず。

なんてことを。

脳内音楽

演奏会のアンケートや、感想の中に「場内に…」という苦情が多いが
特に多いのは「子どもが五月蝿かった」「・・・が気になった」とかいう
話が多い。

もちろん演奏するのも生身の人間である。しくじることはプロでは
あまりないが、アマチュアはしょっちゅうだ。安っぽいホールでは椅子も
碌々管理されていないので、ぎちぎちという音がする。無料コンサート
では客を選ぶことができないので、酔漢が暴れるなどの話があった。

最近聞くのは、補聴器がハウリングを起こすという話。コンサートホールは
残響が大きいし補聴器からの音漏れをよく拾ってしまう。聴く側もピア
ニッシモを捉えたいと必死にゲインをあげるが逆効果になってしまう。

こういう例外的な問題は、すべて「ノイズ」という点に帰結する。

ノイズや、認知科学の専門家ではないので、細かい技術的な話は抜きにして
「人間の中で音楽を感じ取れるのは大脳」だということから、脳が音楽と
いうものをどう捉えるかに関わることについて、日々思いを巡らせている。

鑑賞する側はもちろん、演奏する側の脳内音楽というものがあって、
実際に耳に捉えられる刺激が音楽として理解されるかという点において
このノイズはあまり関係がない気がするのである。

 音楽を楽しんでいるのが大脳である以上は、その脳の中でフィルタされ
さえすれば、かなりのノイズをガマンできる。 いや、脳が記憶した音楽を
奏で続ければ、「空気を震わせる」音楽など要らないのだとも。

 演奏会では会場からもたらされる残響、低音振動などの要素があるが、
これらがむしろときおり不快なものにすらなっていることがある。ノイズ
としてではなく、音楽として自分の中に定義できてないモノもあれば、非
音楽的要素すらある。

 録音物、音楽媒体に加工して保存された演奏記録は、これらの非音楽要素が
クリアされているため、実際の音楽会場では、もっと多くの喧騒と非音楽的な
反響に満ちていることを忘れてしまう。 プロオーケストラの演奏会場を
自分のリスニングルームと勘違いして会場に赴く人たちが多いと聴く。自分の
耳の劣化に気がつかないレベルで、ノイズばかり気にしていることは、大変
もったいないというか、もちろん自分にも当てはまるけれど、神経質になり
すぎて楽しめないことがあることは、悲しむべきことだ。

 脳内での音楽的な感覚トレーニングを続けることは、音楽家を志すならば
絶対条件かもしれない。こういったコトは誰も教えないし、感覚で分かる人は
すでに天才である。 相手にどう聞こえるかを意識せずに滔々と自らの紡ぐ
音楽を相手に丁寧に渡せるかが鍵なのだ。 ノイズを忘れさせるだけの
脳内音楽を相手の中に転送する技術と言ってもいいかもしれない。 かなり
秘儀に近いものを感じる・・・。

2010年11月26日金曜日

ドヴォルザーク交響曲第7番

弾くに弾けないのは辛い。
あまり書く事も無いのですが、

ドヴォルザークの交響曲第七番
のパート譜が出てきたので
ちょっと弾いてみたら悶絶モードに。

こんな激ムズな譜面だったっけなぁ。3回エキストラで
3回目でようやく問題点を理解したのだけど・・・

『詰め込みすぎ』

この一言に要約できますね。ブルックナーが

『薄めて繰り返しすぎ』

の、経文的恍惚感なら、こっちは激辛激甘端折り過ぎ(笑)

普通の作曲家で第7作目なら、もう手馴れて余りムチャはしない
と思うんですが、このメロディーメーカーさんは、自身が持てる
短調の物悲しいモノ全部詰め合わせアソートボックス化した
交響曲を世に出してしまいました。 もう少しゆったりところが
長いと楽なんですが、弦楽器には休む暇なく、低弦も容赦なく
切分音と刻みを交互に与え、チェロにはその合間に面倒な合いの手を
入れさせるという、豪華絢爛お涙チョチョ切れの盛りだくさん。

あまりに複雑な要素が短い時間に凝縮しているためか、音楽的な
流れが全く覚えられません。多彩なフレーズは頭の中でゴッチャに
なって旋回するという感じですね。 コレに似た感じなのはチャイ
コフスキーの交響曲第四番ですがアレよりは救いがあるのに弦楽器を
もって弾く側の負担は半端がない。管楽器も折り重なる部分とか、
メロディーラインがしょっちゅう割り当てられて目立たないところが
無いので気が休まりませんでしょう。

練習15分で投げ出しました。 腕が更に重くなったのです。

あるところで先生が語ってたのを思い出しましたが、
交響曲第八番の第三楽章が女の子の踊りなら、交響曲第七番は若い男性の
活発なダンスだという・・・。 この若者はあまりに乱暴で活舌がワルイと
殴られそうです。

2010年10月23日土曜日

今日の練習

肩壊れて、腰も痛いけどとりあえず練習はする。

やっぱりバッハの無伴奏はキツイな。
考えると普通じゃない動きがおおいもの。

その点、ヴィヴァルディの伴奏付きソナタは楽つか
まあ技巧的な場所も多いんだけど、弾くこと考えて書かれてる。

ま、学生向きに書いたものでもあったと思う。素直な並び・・・
いや当たる音も予想が付く。 
一方、バッハは無伴奏だけに仮想的なバッソコンチヌオまで弾かせ
るから自然と繋がり悪いの。 まんま鍵盤楽曲に編曲できるはず。

指が回るようになると、緩徐楽章(教会ソナタだから1,3楽章ユルい)が
初見で止まらないでいけるようになる。 

この調子で、フォーレのエレジーにに突入すると、何か前より
マシに成った・・・。

毎日弾けばモット良くなるだろうが時間が余り無い。

2010年10月18日月曜日

ヴィトゲンシュタインとマーラー

支配欲に満ちた指揮者をみていると
マーラーを連想する。

ウィトゲンシュタインが、マーラーを細かく観察していたという。
ヴィトゲンシュタインは、マーラーの音楽を評価しない。
ヴィトゲンシュタインは、マーラーの指揮についてこのように語ったという。

「・・・彼が居なくなると、オーケストラは崩壊した」

19世紀末から20世紀の初頭の短い期間、マーラーは非常に卓越した
音響感覚の能力をもって、各地の楽団の音楽監督を勤めている。彼はオリジナ
ル曲を作る傍ら、自らの感覚で曲の解釈を変更している。19世紀活躍した
作曲家はほとんど自作自演であり、職業的音楽家としての楽団指揮者に委ねる
場合、その解釈によって初演がめちゃくちゃにされることが多かったが、
無論、現代では考えられないことでもマーラーはその伝統に従ったことになる。
 ヴァインガルトナーも、ベートーヴェン解釈を加えているし、別にこれらは
19世紀末の所謂われわれがクラシックとよぶ音楽にオーソドックスなるモノが
存在してはいなかったことを象徴する。
 だがマーラーについてははその卓越した能力を強引な主張で打ち消すことに
なったということなのか。 東欧ユダヤ人の家系をもつ彼がウィーンでの活動に
終止符を打たざる得なかったもう一つの理由として、当時のウィーン人が強烈な
反ユダヤ主義を標榜する世論を忘れてはならない。彼は作曲家のキャリアをウィ
ーンではじめたのだったがほとんど省みられることはなかったのだ。
 オーストリア屈指の名家の出であるヴィトゲンシュタインは、幼少の頃にその
風潮を見て育っている。 彼は徹底した世紀末芸術の批判者であったのだ。

2010年10月17日日曜日

四十肩とか五十肩とか

かなり酷いので右腕が上がりにくくなっている。
握力も下がったので朝から練習をしっかりやることにした。