肩壊れて、腰も痛いけどとりあえず練習はする。
やっぱりバッハの無伴奏はキツイな。
考えると普通じゃない動きがおおいもの。
その点、ヴィヴァルディの伴奏付きソナタは楽つか
まあ技巧的な場所も多いんだけど、弾くこと考えて書かれてる。
ま、学生向きに書いたものでもあったと思う。素直な並び・・・
いや当たる音も予想が付く。
一方、バッハは無伴奏だけに仮想的なバッソコンチヌオまで弾かせ
るから自然と繋がり悪いの。 まんま鍵盤楽曲に編曲できるはず。
指が回るようになると、緩徐楽章(教会ソナタだから1,3楽章ユルい)が
初見で止まらないでいけるようになる。
この調子で、フォーレのエレジーにに突入すると、何か前より
マシに成った・・・。
毎日弾けばモット良くなるだろうが時間が余り無い。
2010年10月18日月曜日
ヴィトゲンシュタインとマーラー
支配欲に満ちた指揮者をみていると
マーラーを連想する。
ウィトゲンシュタインが、マーラーを細かく観察していたという。
ヴィトゲンシュタインは、マーラーの音楽を評価しない。
ヴィトゲンシュタインは、マーラーの指揮についてこのように語ったという。
「・・・彼が居なくなると、オーケストラは崩壊した」
19世紀末から20世紀の初頭の短い期間、マーラーは非常に卓越した
音響感覚の能力をもって、各地の楽団の音楽監督を勤めている。彼はオリジナ
ル曲を作る傍ら、自らの感覚で曲の解釈を変更している。19世紀活躍した
作曲家はほとんど自作自演であり、職業的音楽家としての楽団指揮者に委ねる
場合、その解釈によって初演がめちゃくちゃにされることが多かったが、
無論、現代では考えられないことでもマーラーはその伝統に従ったことになる。
ヴァインガルトナーも、ベートーヴェン解釈を加えているし、別にこれらは
19世紀末の所謂われわれがクラシックとよぶ音楽にオーソドックスなるモノが
存在してはいなかったことを象徴する。
だがマーラーについてははその卓越した能力を強引な主張で打ち消すことに
なったということなのか。 東欧ユダヤ人の家系をもつ彼がウィーンでの活動に
終止符を打たざる得なかったもう一つの理由として、当時のウィーン人が強烈な
反ユダヤ主義を標榜する世論を忘れてはならない。彼は作曲家のキャリアをウィ
ーンではじめたのだったがほとんど省みられることはなかったのだ。
オーストリア屈指の名家の出であるヴィトゲンシュタインは、幼少の頃にその
風潮を見て育っている。 彼は徹底した世紀末芸術の批判者であったのだ。
マーラーを連想する。
ウィトゲンシュタインが、マーラーを細かく観察していたという。
ヴィトゲンシュタインは、マーラーの音楽を評価しない。
ヴィトゲンシュタインは、マーラーの指揮についてこのように語ったという。
「・・・彼が居なくなると、オーケストラは崩壊した」
19世紀末から20世紀の初頭の短い期間、マーラーは非常に卓越した
音響感覚の能力をもって、各地の楽団の音楽監督を勤めている。彼はオリジナ
ル曲を作る傍ら、自らの感覚で曲の解釈を変更している。19世紀活躍した
作曲家はほとんど自作自演であり、職業的音楽家としての楽団指揮者に委ねる
場合、その解釈によって初演がめちゃくちゃにされることが多かったが、
無論、現代では考えられないことでもマーラーはその伝統に従ったことになる。
ヴァインガルトナーも、ベートーヴェン解釈を加えているし、別にこれらは
19世紀末の所謂われわれがクラシックとよぶ音楽にオーソドックスなるモノが
存在してはいなかったことを象徴する。
だがマーラーについてははその卓越した能力を強引な主張で打ち消すことに
なったということなのか。 東欧ユダヤ人の家系をもつ彼がウィーンでの活動に
終止符を打たざる得なかったもう一つの理由として、当時のウィーン人が強烈な
反ユダヤ主義を標榜する世論を忘れてはならない。彼は作曲家のキャリアをウィ
ーンではじめたのだったがほとんど省みられることはなかったのだ。
オーストリア屈指の名家の出であるヴィトゲンシュタインは、幼少の頃にその
風潮を見て育っている。 彼は徹底した世紀末芸術の批判者であったのだ。
2010年10月17日日曜日
2010年10月14日木曜日
月曜日の練習を録音して聴いた。
私ども、東大和のハミング・小ホールを借りたのです。
普段は、比較的に響きも良い練習場ですが・・・・
さすがにホールだ、響き方が全然ちがいます。
天井の高い、広いホール。
オーケストラの技量は常にホールに近い環境で
磨くべきだと思う。 反響板無しで吸い込まない
良い響きってのは、床に起因すると思う・・・
でもね。
"南国のバラ"
ばっらばらでしたね。
なんごくのばら
難曲のばっらばら。
修行が足りないつか、「何時も本番の緊張を持て!」
5年ほど前まで、私は、他所のエキストラやら掛け持ちを
良くしていたものです。
だから初回指揮者+初見とかで緊張したり、本番を駆けずり
回ってから、この 愛するべき、 "小金井市民オーケストラ"
つまりホームオーケストラの練習に来ると、ほんわかした=
なかば弛緩した練習ってのを感じてたんです。
そりゃ、ニヤリニヤリと楽しい音楽も良いですよ。 特に
お客さんを楽しませることを考えたら、絶対「しかめっ面」で
すごいだろう!ってウィンナワルツなんかやりません!
でもねぇ。 モッともっと上にいけるでしょう?
今は、さすがにホーム以外何処にも行かないから、比較が
出来なくてこまるけど、皆、緊張ってのがなさ過ぎるよ!
そりゃあ、うちは年だけは重ねた老練なオーケストラになってます。
すでに設立10年目以前から、ある種の巧みさ(大学オケをしっかりと
こなした経験者の集団)という傾向がありました。
とくにワルツの手馴れたところのまとめとか、アマチュアなら天下
一品級と褒めたいところも多々ある。 でも、その緊張のなさが、つまり
「一発目の音だしで勝負決めろ」というところが全くない。
だらだら練習しても意味ないんです。 お分かりか。
普段は、比較的に響きも良い練習場ですが・・・・
さすがにホールだ、響き方が全然ちがいます。
天井の高い、広いホール。
オーケストラの技量は常にホールに近い環境で
磨くべきだと思う。 反響板無しで吸い込まない
良い響きってのは、床に起因すると思う・・・
でもね。
"南国のバラ"
ばっらばらでしたね。
なんごくのばら
難曲のばっらばら。
修行が足りないつか、「何時も本番の緊張を持て!」
5年ほど前まで、私は、他所のエキストラやら掛け持ちを
良くしていたものです。
だから初回指揮者+初見とかで緊張したり、本番を駆けずり
回ってから、この 愛するべき、 "小金井市民オーケストラ"
つまりホームオーケストラの練習に来ると、ほんわかした=
なかば弛緩した練習ってのを感じてたんです。
そりゃ、ニヤリニヤリと楽しい音楽も良いですよ。 特に
お客さんを楽しませることを考えたら、絶対「しかめっ面」で
すごいだろう!ってウィンナワルツなんかやりません!
でもねぇ。 モッともっと上にいけるでしょう?
今は、さすがにホーム以外何処にも行かないから、比較が
出来なくてこまるけど、皆、緊張ってのがなさ過ぎるよ!
そりゃあ、うちは年だけは重ねた老練なオーケストラになってます。
すでに設立10年目以前から、ある種の巧みさ(大学オケをしっかりと
こなした経験者の集団)という傾向がありました。
とくにワルツの手馴れたところのまとめとか、アマチュアなら天下
一品級と褒めたいところも多々ある。 でも、その緊張のなさが、つまり
「一発目の音だしで勝負決めろ」というところが全くない。
だらだら練習しても意味ないんです。 お分かりか。
南国のバラ

あれは、なんとあらわすべき音楽?
北方人の憧れともいうべきものですか?
イタリアから送られる冬場のバラ。
冒頭のフレーズでもう春の温かい風というか
少し潮のにおいすらする風が入ってくる・・・
蜂が蝶が舞い、
朝露がこぼれて・・・
そんなイントロダクションを書く、ヨハン・シュトラウス
(息子)は天才・・・。 モーツァルトとほぼ100年くらいの
ズレですがウィーンってのは本当に天才が集ったんだね。
シュトラウスJrのオーケストレーションってのは一種独特。
厳しい音楽の規則より直感的にいいもの、奇異に響きながら
絶妙なものがブレンドされます。 特にこの曲では、チェロが
後半のワルツで主題とはオクターブはなれて長3度下をなぞりま
すが、このオブリガードっぽいのって、シュトラウス以外じゃ
あまりないんですよね。 コーヒーに新鮮な牛乳を混ぜてカフェ
オレ、いやホイップした生クリームを添えたウィーン風かな。
この下の合いの手、ちゃんと音が出てないとダメなんです。
しかもしっかりとした音程で支えないと共倒れ。 台無し。
まるで親子のような関係。
歴史を紐解けば、シュトラウス親子は実に確執に満ちた関係。
実に、ライバル同士でウィーンで競いあい・・・まあ、
息子の勝利は間違いない。 弟もなかなか秀逸。 天体の音楽。
あれもロマンチックですばらしい曲だ。 是非やりたい。
登録:
投稿 (Atom)
